アマチュアディレクション
「うちのバレーボールチームのコーチを頼む」
「ガッテン承知」
勇気があるわけではない。無謀にいきたいわけじゃない。ただ、面白ければそれがすべてで、それが人生で一番必要な要素だと思うだけだ。
でもなければ、ミャンマーで仕事しようなんて思わないし、ましてやリス族のバレーボールチームのコーチなど引き受けたりしない。
提案
サミュエルから、提案があったのは突然ではなかった。今年の5月ごろ、年末にバレーボール大会があるから見にこないか、と言われていた。リス語文字制定100周年記念式典があるそうで、そのときに併催されるバレーボール大会があるのだという。
バレーボールは僕も経験がある。とは言っても、高校生の頃に週2で通っていたママさんバレーボール程度だが。母親が、妹や弟の子育てから離れられるようになって時間ができたころ、小学校の体育館を借りて、ママ友たちと卓球やバレーボールなどを始めたのがきっかけだった。
同級生とあんましウマの合わない僕は、ちっさい子供と遊ぶか、年上のおっさんおばさんと遊ぶかの日々だった。とりわけ、おばさんたちと遊ぶのは楽しかった。バレーボールは、ゆるいものだったが、チヤホヤされたい思春期の真っ只中、同級生にモテずにおばさんたちからモテてばかりだった。そしてそれが、なぜだか楽しかった。
今思えば、なんでそっちのイベントこなしたのかはわからない。他校の女子からの、一緒に帰りませんか?イベントに出くわすよう、もうちょっと努力すべきだったかもしれない。不良だが親友だった田中のように、週一でいろんな女の子を取っ替え引っ替えしてみたかった。いや、やっぱいいや。それはそれで顰蹙のバーゲンセールだ。
サミュエルからのバレーボールの話は、試合の応援に来てよ、程度で、あとはリス語文字のイベントに来なよ、ということで理解していた。僕も、少なからず、こういった属性のコミュニティには関心があったので、ぜひ来てみたいと思っていた。
「おっけー、12月な。絶対空けとく」
思いつき案
それから10月までは、なんとかしてミッチーナにこれるように調整をしていた。
ミッチーナは、カチン州の州都だ。ミャンマーを流れる大いなる河、エーヤワディー川の始まりの街だ。エーヤワディー川は、マリカ川とマイカ川が合流する、ミッソンというところから始まる。そこからミッチーナを経て、ミャンマー全域に恵みの水をもたらしている。豊かな国土とその豊穣を生んでいるのは、このエーヤワディー川のおかげであると言っても遜色ない。
中国の資本が、このミッソンにダムを建設しようとして、国民や住民の大反対を食らっているのはそれが1つの背景にある。また、36億米ドルの大投資、600万kWの発電+10%をミャンマーへ無償提供、BOT方式の事業、8%の投資回収率、にも関わらず、凍結してしまった背景には、もっともっと複雑なものがある。民族、政府、国外の意図、環境、あげればキリがない。こうした、ん?あれ、ちょっと真面目な話をしすぎたな。あとは自分で調べてくれ。
「かず、誰かいいバレーボールのコーチはいないか」
サミュエルの新しい提案があったのは、11月になってからだった。
「なに、コーチ?」
「そう、せっかくだから、わたしたちのチームを、日本の技術で勝たせてくれよ」
「日本の技術?」
「日本のバレーボールは強いだろ?みんな小さい頃、学校かどこかで習ってるんだろ、忍者みたいに」
「ステレオがすごいな、ステレオタイプが。サミュエル、日本に行ってたからそんなのないの知ってるだろ」
バレーボールはともかく忍者は教科の1つじゃない。国語算数理科忍者ってなんだ。池の上歩くんか、日本人はみんな。
凶器投げまくるんか、みんな。
「とにかく、いいコーチがいたら連絡してくれ」
そんなこと言われてもなぁ。さすがに3週間前で、そんなやつ見つかるだろうか。
とりあえず募集してみた。案の定、誰も来てくれなかった。
「かず、友達いないんじゃないの」
「いや、なんてこと言うんだ」
「んー、こうなったら仕方ない、かず、うちのバレーボールチームのコーチを頼む」
「ガッテン承知」
僕ができるアドバイスは、全部インターネットからの受け売りだった。これが日本の技術というかと言えば、違う。グーグルの検索能力のおかげなので、アメリカの技術である。アメリカの技術と、日本人によるバレーボール講座による、スーパーコーチだ。僕は、ただの翻訳マシンにすぎない。さらに言えば、僕の英語はリス語となってプレイヤーに伝わるので、なんだったらすごく代替可能な存在になっている。
「いいか。自分がされて嫌なことを、相手にやれ」
「顔じゃなくて首を狙え」
「足をくじけ」
「飲み物に下剤を」
後半のアドバイスは悪ふざけが過ぎたが、ネットに落ちているアドバイスはすべて伝えた。心なしか、選手たちの顔は笑顔だった。
そうだ。一番大事なことは、試合を楽しむことだ。プレイを楽しんでるやつが、一番勝ちに繋がるんだ。高校の頃に、そういうふうに先輩から教わった。その先輩も、なんらかの漫画からの受け売りだったが。
試合当日
「あたりまえだけど、こんなアドバイスなどで勝てるわけがない。小手先の技術は、蓄積されたものに劣る。蓄積されたものを、当日どれだけ発揮できるか、が、全てなのだ。でも、ちょっとくらい背伸びしたい。背伸びすれば届く景色はある。身体測定のときに一度だけ背伸びをしたことがあって、2cmだけ伸ばした。でも、翌年普通に測ってしまって、2cm縮んでしまっていた。でも、そのおかげで背の順で並んで好きな女の子の隣に座れたりしたこともあった。
さぁみんな、背伸びしよう!!」
なんという試合前のアドバイス。プレイになんの関係もない。ちなみに背伸びをする、というのは2つの意味がある。Overreach myself: 実際以上に見せようとする、と、Standing on tiptoe: 爪先立ちをする、だ。うまく使ってくれ。
一戦目は、見事勝利を収めた。まさか本当に勝つとは思わなかったので、生徒たちが無邪気に喜ぶなか、僕も子供みたいに喜んでしまった。なにを自分の手柄のようにしているのか。
勝因は、相手のミスだった。こういうのは、ミスが少ない方が勝つ。ミスをしない、ということがいかに大変で、大切なことかを教えてくれる。そこまで極めるのは大変だ。だから、ミスが出てしまうのは前提で、ミスをしてしまったらどうするか、を考えておくのも大事だ。
仕事のミスも同じだ。ミスがないに越したことはないが、ミスをしたらどうするか、が大切だ。ミスしたことばかりを責めて叱っていた知人の会社は、見事に従業員に逃げられて目も当てられなくなった。ミスを成長の機会と捉えて、考える機会を与えた知人の会社は、素敵な事業を打ち立て続けている。
「そういうわけだ、行こう!!」
心の言葉は声に出さず、二戦目が始まった。
二戦目
これは負けた。これはダメだ。みたいな感覚になることは少なくない。動物的な感覚が冴え渡るときがある。
二戦目の始まりはまさにそんな感じだった。
まず、相手のチームが筋肉ゴリゴリだってことで、うちの選手はみんな戦意喪失していた。せっかくキャベツいっぱい食べて繊維を取ってきたのに。
「楽しくいこう!!」
僕の指示も虚しく、1セット目はボッコボコにされた。ダブルスコアはさすがに凹む。
「みんな。僕からアドバイスだ。あの背番号3番は、今日はミスが多い。徹底的に狙ってボッコボコにしよう!」
「」
「冗談だ。みんな気持ちで負けてる。試合の勝ち負けはおいといて、まずは自分の得意技を一個ずつ決めていこうじゃないか」
「おお!」
なんかコーチらしいことを言えたんじゃないか。昔、部活の先輩に言われて感動したことを繰り返しただけだが、やっぱりこっちの人にも効くんだな。その先輩の言葉が、なにかの漫画のセリフだったことは言わずもがなだが。
次のセットは、奇跡的に勝ち取った。足がぬかるんで、スパイカーが皆転倒してくれたおかげだ。外の芝でやるからそうなるんだ。せめて次からは手入れをしておくように。マリオバレーボールのコート設定じゃないんだから。
「ラッキーだったな。みんな、次のコートは気をつけろ。滑るからな。ちょっと後方から攻撃しよう」
最終セットは、またもやダブルスコアで負けてしまった。敗因は、滑りやすいコートだった。何度もスパイクの瞬間に滑って転倒して、点をやってしまう。それ、欠陥なんじゃないの。コート選びが勝負決めてどうするんだ。
おわり
僕たちの冬の戦いは終わった。敗者復活戦で勝ったから3位ということになるが、まぁまぁ健闘したんじゃないだろうか。僕の指示が生んだ結果ではないにしろ、なんとなく貢献できていれば、それで良かったと思える。
というか、全試合つっこまなかったけど、
観客近すぎだろ。