ハローワーク
海外で働くって、小さい頃には思ったこともなくて、冷静に考えたら、なんだかすごいことをやっているんじゃないかと思ってしまう。でもまた冷静に考えると、それも僕にとってはいつもの日常だし、案外そんなもんなんだろうな、とも思える。自分の居場所がそこにあって、助けてくれる人がいて、楽しく酒が飲める友達がいて、守りたい奴がいて。
あれ、これって幸せって奴なんじゃないの、って思いながらビールを飲んで、3桁も減った自分の口座残高を見て、今後の人生お先真っ暗であることを思い出す。幸せは長続きしない。欠陥だらけの部屋に、列をなして遊びに来るアリさんを一匹一匹潰している。いけない、いけない。こんな暗い気持ちではビジネスなんか出来ないし、ビジョンなんか描けない。今はできることをちゃんとやっていかないと。気分をリフレッシュさせよう。
ということで、逃げるようにしてピンウーリンにやってきた。
ピンウーリンという場所は、イギリス統治時代にもリゾート地として重宝された場所だ。こんな時期でも涼しく過ごしやすい。ミャンマーで一番暑い4月でも、夜は軽く布団が必要なほどだ。
いちご畑だってあるし、乳牛もいる。比較的物価は高いけど、それでもヤンゴンよりはマシ。涼しくて、緑がいっぱいで、少数民族の仲間もいて。
アウントゥーは、ウィンクとポロシャツが似合う男だ。シャン州のことは、彼を訪ねればだいたいなんとかしてくれる。簡単な英語が話せて、ちゃんとした中国語が理解できて、最近では僕から日本語も吸収するような、そんなおっちゃんだ。
仕事とともに生き、生きる中に仕事がある。仕事とは、決まった業務のことではない。いろんな人のために尽くし、仕えることだ。アウントゥーは、僕らがヤンゴンから訪ねてきても、喜んで迎えに来てくれる。案内してくれる。ご馳走してくれる。
「なぁアウントゥー、今日の予定なんだが」
「ちょっと待ってくれ、かず、電話だ。ハロー、こちらアウントゥー、要件をどうぞ!」
電話が鳴るのはしょっちゅうだ。いつも誰かの何かを助けている。いろんな仕事をしながら、楽しく生きているのだ、アウントゥーは。
アウントゥーはシャンの生まれで、パオ族とビルマ族とのハーフになる。彼の話すビルマ語は、地方訛りか民族語訛りのせいか、ビルマ人のそれよりもはるかに聞き取りやすい。ビルマ人の使うビルマ語は、かなり崩れた形や音をしているので、なかなか聞き取りの難易度が高い。地方の人のビルマ語を聞く方が、ビルマ語学習者にとっては、はるかに負担が少なそうだ。
アウントゥーは、ピンウーリンに土地を買った。全部で510エーカーの広さになる。なかなかに広い土地だ。
1エーカーは、4046.9㎡だから、510エーカーともなれば、2,063,919㎡の広さにも及ぶ。
いまいちピンとこないので、東京ドーム(46,755㎡)で表すと、およそ44個分に相当する。
…あんまり、東京ドームの大きさと言ってもピンとこないので、東京ディズニーランドで表すと、ちょうど4個分になる。
そう、東京ディズニーランドが4個も収容されてしまうような土地を購入したというのだ。えっ、アウントゥー、ちょっとお金持ちすぎじゃない?僕の口座、3桁くらい増やしてもらえませんか?一緒にシンデレラ城建てませんか?
アウントゥーは、この土地で、質の高い農業生産をしていくことに決めた。仲の良いリス族や、現地の仲間たちとやっていくのだ。土地を殺す化学肥料・農薬大量消費のミャンマーの現在の農業から、脱却するのだ。
「かず、この土地は、俺たちの土地だ。俺たちには、かず、お前も入ってる。ここで、やりたいことをやろう。植えたいものを植えよう。生きたいように生きよう」
「アウントゥー…!」
「かずも、仲間だ!」
「ありがとうは言わないぞ。ありがとうは、言うだけなら子供でも言える。大人になった僕らは、態度で示すから。ありがとうは言わないぞ」
「ハロー、こちらアウントゥー、要件をどうぞ」
「聞いて!!」