ずうっとずぶとくずうずうしく

いろいろあってミャンマー暮らし

焼きバナナを一つ召し上がれ

お笑いが好きだ。暇があればお笑い番組を見るくらいお笑いが好きだ。

笑うことは、人々の感覚的にも、また科学的にも良いことだとされている。真面目なトーンで、また高圧的な態度で物事を考えたり接したりするんじゃなくて、教養ある者であれば「エウトラペリア」を持つべきだと、古代ギリシア人のアリストテレスは「二コマコス倫理学」の中で言っていた。

 

エウトラペリアとは聞きなれない言葉だけど、古代ギリシア語で「気分転換」という意味になる。もう少し具体的に言えば、なんか重すぎる雰囲気で物事が進まないときに、気の利いたイケてる一言で場の空気を変え、円滑に物事を進めていく、ようなニュアンスだ。昨今の重たい雰囲気をもつ世界には、このエウトラペリアが必要だと思う。

 

真面目な中にも、ちょっとした小休止が必要だ。機知に富んだ小休止が。

常に真面目である世界では、ちょっと呼吸が続かない。

 

 

ミャンマー人はよく笑う。ちょっと笑いのハードルがかなり低いようにも感じられる。地元の映画を見に行ったとき、ロマンス映画の序盤で爆笑していたのを見て、一緒にシリアスな映画なんて見に行けないなと思った。たぶんこいつら、コメディドラマによくある肩をすかすようなギャグだけで、ご飯何杯もおかわりする。そういえば、コメディ映画も結構多いが、ドリフのようなノリを延々と見させられるのが、今となっては少し辛い。コッテコテのギャグを、ツッコミなしで見るというむず痒さは、蚊に刺されるより痒い。

 

あっははは、かず、映画面白かったな!笑ったー!

「そうだな、一応シリアス系の映画だったんだけどな」

覚えてる?あのデブの役者が沼にはまるシーン

「それ回想のシーンやんか、本筋から見てどうでもいいシーンだぞ」

 

戦後独立したビルマは、社会主義国を経て軍事政権による支配を受けていた。今でこそアウンサンスーチーという女性リーダーのもと民主主義国としての歩みを始めたところだけど、これまでは社会主義のもとでの大貧困、軍事政権下での不自由によって、国民は苦しんできたものだった。その中であっても、人々は、笑いとともに希望を見出し、強く生きてきた。

 

 

ザーガナーというお笑い芸人がいる。お笑い芸人は、ミャンマー語ではルーシュインドーと呼ぶが、そのルーシュインドーの中でも秀でた人物は、ザーガナーだろう。政治的なネタで笑いを生むのが彼の特徴だ。

キングコングというコメディアンもいる。日本でいう明石家さんまのようなスター性と喋り芸が特徴的な人だ。

 

いつか、こういうお笑い芸人の人たちともミャンマー語で絡んで、うまくツッコミを入れることができたらいいなと思っている。2年前くらいにキングコングと会うことがあったが、すごく早口で怒涛の喋りだったから、「あわわわ」くらいしか言えなかった。今でもまだそれに対応できると思っていないから、再開はもう少し後がいい。

 

ところで、もう一人そこそこ有名なコメディアンがいる。名前は焼きバナナ。ミャンマー語だと「ンガッピョウジョー」と言う。1年前にミャンマーでCMを撮影したときに、出演をお願いしたコメディアンだ。肌の黒さがいい感じに焼きあがったバナナみたいなナリをしている。下ネタが大好きだ。焼きバナナの焼きバナナ。もうこれ以上は言わなくてもお察しいただけると思う。

 

 

CMは、仕事のパートナーの細川さんがやっている仕事のプロモーションということで、友人のサイに頼んで手配に臨んだ。撮影場所は、シャン州のTikyit(ティジッ)という村だ。ヤンゴンから車で行くと10時間弱ほどかかる。いつもの長距離移動だ。

 

Tikyitは、少数民族の一つのパオ族が行政を執り行うエリアだ。鉱山が近くにあるため石炭火力発電所が設置されたが、その工業廃水により、周辺に住む人々への健康被害が生じているだけでなく、飲料用水の欠乏をも引き起こしている。石炭火力発電に、飲料用水が使われているからだ。

 

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のどかな地域で、自然も緑に覆われ、北海道の大自然を思い出させてくれる。こんなところだからこそ、自然と産業と生活のバランスが取れるようにしていきたい。

 

そんなことを思いながら、CMの撮影に臨んでいた。細川さんも、CMに出演を希望されたので、そのように手配を進めてもらっていた。今回の撮影の監督は、チッコーという。まだ若手の監督だけど、撮影と編集の技術はしっかりしている。ただ、マネジメントの部分がまだ未熟だった。そのあたりは、僕の友人のサイがサポートに回ってくれた。

 

「なぁ、サイ、今撮影はどれくらい終わったんだ」

50%ってとこだな。カズたちが今日到着する前に、現場である程度動きを確認して、いくつかパターン撮ったってところだ

「うちの細川さんってどのタイミングで撮影に入るんだ。事前の動き、共有できてないけど」

おっけ、チッコーに確認してみよう

 

優秀だ。サイは優秀だ。まだ33歳なのに、いろんな事業を回している。ただ、紫外線アレルギーだから、日中はほとんど外を歩かない。出会った当初、「俺はドラキュラなんだ」とか言っていたのは、半分冗談ではなかった。ちなみにニンニクは大好きだ。

 

カズ、明日の朝、現場入りだ。寝坊しないようにな!

 

 

次の日、かっこよく決めたンガッピョウジョーと、女優のナンキンゼイヤーとも合流した。日本のテレビにも出たことあるナンキンは、別の友達にお願いして手配してもらっていた。やっぱり美しい。

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「やあ、おはよう、ナンキン」

おはよう、ズーズー、恋人は見つかった?

「よりどりみどりだよ」

 

出会うたびにこのやりとりだ。いつまでも独り身だと思うなよ。独り身だけどな。

 

 

案の定寝坊したサイを待って、僕らは2時間遅れで撮影現場に入った。30人ほどの撮影班と編集班がすでに撮影を始めていた。すぐさまチッコーを探す。どういう手筈で進行しているかわからない。焼きバナナとナンキンが、キャベツ畑で「ハタケー!」と叫んでいる。一応、商品名だ。

 

ようやくチッコーを見つけ、事前打ち合わせに入った。ただ、事前にきちんと伝えていたシーンが、削除されていたり、余計なシーンを加えられたりしていた。これには細川さんもちょっと納得がいかない。

「チッコー、こういうふうにしてくれって言ったよな」

現場はだんだんと雰囲気が悪くなる。しかし、適当に作られても、こちら側としても困る。きちんと分かってもらうように説得しないといけない。そのあたりが、仕事の難しさで、どれだけ意図が伝えられるか、が本当に重要になる。何度もすり合わせをして、乖離がないようにしないといけない。普段は適当な僕だけど、こういうときは真剣なトーンで話をする。

 

まぁまぁ、それじゃ、このシーンで俺がバナナでも食べようか。焼きバナナがバナナを食べます、なんつって

ンガッピョウジョーが、くだらないギャグをぶちかましてきた。ただ、それによって場が少し和んだ。

さすがにバナナの宣伝じゃないからやらないけどね!ま、とにかくそれで宜しく頼むよ、チッコー

 

チッコーも納得してくれて、追加シーンの撮影を始めた。なるほど、これがエウトラペリアか。

 

 

 

撮影は順調に行われ、細川さんも5分ほど撮影を行い、OKをもらった。予備のシーンをいろいろと撮って、夕方には全ての撮影が終了した。

え、終わり?ナンキンゼイヤーとイチャイチャするシーンは取らなくていいの?

「ないです」