16歳の無知な男の子の教育係となった
すべて生物は、表現しながら生きている。それが、そのまま繁殖に結びつくからである。クジャクは、大きく両翼を広げ、あざやかな様を表現する。マイコドリは、小刻みに震えながら踊りを披露する。ウグイスも、心地よい歌を奏でる。
16歳というと、ミャンマーでは高校卒業をして、大学に入るような年齢だ。友人の家庭にいろんな複雑なことが起きて、急に親戚の弟ができてしまったようで、その弟という奴を紹介された。年齢は16歳。今年の大学受験は失敗した。
アベルは、話してみると、なんだか残念なやつだということがわかってきた。せっかくのイケメンなのに、なんかすごい残念な感じ。残念なイケメンっているんだな。やっぱりイケメン全てが無条件でモテまくるってわけでもないんだな。
アベルは一応英語もできるので、ビルマ語と英語で会話をしていくわけなんだけど、いまいちミャンマーの地名だったり歴史だったり、間違っていることが多い。あとちょっとゲスだ。まぁでも、自分が16歳の頃ってどうだったかな、って思えば、あんまり悪く言えないような気もする。男はみんなそんなもんだ。
「ずーさん、あのお姉さん、お尻がすごい綺麗ですね」
「何言ってんの」
「あ、ずーさん、写真ばっちり撮りましたよ」
「ジュース飲むか?」
歳の離れた弟ができたんだろうと思いながら、地方出張への同行を許可した。
チン州は、ミャンマーの国の中でも貧困の多い地域で、貧困率は47%にあたる。2人に1人は、1日1ドルの生活という意味だ。ただ、もちろん1ドルの価値は、その国によって違う。日本なら水500mlが1本程度だが、ミャンマーなら水500mlなら5本は買える。
でも、実際に来てみると、やはり不便さ、物足りなさを感じる住民は多く、実際に困っている問題を聞くと、やはり貧困地域だなぁと思うことは多い。
貧困とは、何かが足りない、あるいは、いざという時に頼れる何かがない、という状況のことを言う。アマルティア・センは、これを「エンタイトルメント」と述べた。すなわち、いざという時に、食料を買うお金や、頼れる人、備蓄にアクセスできる力、これらの権利や能力のことである。このエンタイトルメントが著しく少ない、という状態を貧困という。
チン州も、このエンタイトルメントが少ない地域である。ミャンマーの北西に位置するチン州は、山谷が幾重にも連なる地域である。雨が多く、谷を流れる川が地域を分断するため、山の上に集落を作った。だけど、標高が高いことから気温は低く、資源も少ない。
昔はたくさんの緑に覆われていた自然豊かな土地だったようだが、薪用としての伐採が新たな苗の植樹スピードを超えてしまったため、木々が失われていった。さらに、山の上の集落同士を繋いでいく道路の建設とその拡張が、山の自然水脈を壊してしまい、多くの木々が失われることになった。
自然豊かだったチン州は、その緑を失いつつあるばかりか、固有生物や固有植物までも失い、さらには自分たち人間の生活すらもままならない状態になっている。エンタイトルメントが、一つ、また一つと失っているのだ。
「ずーさん、今横切った人!顔にすっげぇ刺青があるんですけど!やばくないすか!めっちゃファンキー!!」
「違うんだよ、あれ、この辺の古い習わしなんだわ」
「習わし?」
「そう、昔な、この辺りはバガン王朝が支配していた地域なんだ。それで、そこから近いこの街では、定期的に若い綺麗な女が、側室として連れていかれていたんだ」
「へー、まぁいいや、あ、ずーさん、あの前の女の子可愛いですよ!」
車の荷台に乗ったアベルが何か騒いでいたが、無視して車を走らせた。
僕らはミンダッていうところにやってきた。ミンダッは、その名の通り、王の軍として、昔は若い兵士が雇用されていたという。バガンから6時間ほど車で北西に進めば到着する。
ミンダッは、山の上の町だからか気温は低く、夜はパーカーなどがないと風邪をひく。
こういう場所に連れていく、と伝えるのをすっかり忘れてしまって、アベルは半袖のままウロウロしていて、悲しそうに震えていた。そんな彼を横目に、僕は自分の仕事をちょちょっとこなした。
そして夜が来た。
もともと電気が少ないのもあり、夜は皆電気を消して真っ暗にする。本当の闇は、東京には訪れることはもうないかもしれないが、チン州の片田舎ではいつも通りの環境だ。真っ暗闇に目が慣れてくると、一つ一つ、満点の星空が見えてくる。
はずだったが、この日は生憎の雨だった。
雨季が終わったらもう一度来ることにしよう。ハックショーイというアベルのくしゃみが、一晩中あたりをこだました。