要件人間
「4日、朝9時、東京駅で」
「オッケー、わかった!ところで、昨日のサンドウィッチマン見たかよ、めっちゃ面白かったよな!」
「見てない、じゃあ、また明日」
「おやすみ^^」
冗長が嫌な人がいる。いわゆる無駄なく効率的にいきたい、という人だ。あまりに病的に無駄なく生きてる奴もいる。僕はウェイストフォビア(Wastephobia)と呼んでいる。僕の知り合いにも、ウェイストフォビアのなり損ないみたいなのがいる。
「人生は一回しかないんだ。無駄なことは絶対にやらない」
「お前のその努力はすげーよ」
「生きていく中での無駄は全部取り除いて、充実した人生を送りたいんだ!」
人生の無駄を取り除いたら何が残るんだろうか。黒川の人生は、受験に失敗して一浪し、せっかく受かった大学を中退して、もう一度別の大学を受けて卒業する、という、なんとも遠回りなものだ。これを無駄と取るか取らぬかは人それぞれだが。
「とにかく、卒業おめでとう」
「うん。頑張った甲斐があった」
「ところで、仕事はどうするんだ」
「今、自分で仕事を立ち上げてるんだ。IT使ってな。やっぱりこの先、ITが使えないとダメだと思う」
法学部を卒業して、なぜITで食っていくと言っているのか。お前の4年間はなんだったのか。弁護士になるんじゃなかったのか。
「場所や所属は問わず、何を学ぶか、が大事だろ。俺は、法学部だけど、今後のIT社会に準備できていないことに気づいて、憂いているんだ!」
それなら前の大学辞めないべきだったろ。環境を受け入れて精進しろよ。
しかし、黒川の言うことにゃ、一部は賛成だ。無駄を削ぎ落とすことは、ビジネスをする上では欠かせない。複雑な事象を、徹底的に分析してシンプルにすることで、わかりやすく理解させることが重要だ。
世にある自己啓発本には、そういうことがほとんど書いてあるだろう。知った気になって実践していない人が後を絶たないが、まぁそういうことだ。
ただ、日常生活までそのマインドを侵食させてしまうと、だいぶこっちが参っちゃう。やはり何事もほどほどにして欲しいところだ。
僕なんかは無駄だらけなので、黒川から見ればイライラするらしい。喋るのが好きなので、関係のない話とか、途中で冗談を挟んだりすると、舌打ちをして次の一言を言う。
「その話、いつ終わる?」
それから黒川とは連絡が途切れている。
ザガイン管区のカレーという街は、チン州北部への入り口にある。よって、居住者の半分以上はチン族で構成されている。また、インド国境への通路でもあることから、ハブとしての役割を担っている重要な拠点である。
熱帯季節風の強い影響を及ぼすこの地域は、3月から5月には、38度から44度の暑さになる。ただ、この冬の時期には、10度から20度の、過ごしやすい環境になるため、訪れるとするなら、11月から1月をオススメする。
カレーまでは、飛行機で行くのをオススメする。ヤンゴンからだと2時間くらいで行けるからだ。バスだと、24時間の長旅となる。さすがの僕でも、2分は考えるほどの距離だ。
「もしもし、キムさん、無事カレーに着いたよ、ありがとー!」
「いいえ、ズーズーさん、わたしたちのために、いつもありがとうね」
キムさんは、ヤンゴンに住む日本語の堪能なミャンマー人だ。民族はチン族の中のティディム・チン族だ。今は、ヤンゴンにある日本語学校の先生をしてもらっている。
「いや、こちらこそ!ルンダム!」
ルンダムは、ティディム・チン語で、ありがとう、という意味だ。ガンダムの偽物ではないし、そもそもイントネーションはそうじゃない。最後のムは、口を閉じるだけ。「瞬間」と同じイントネーションで。
「ところで、ズーズーさん、私ね、悩み事があるんですよ」
「どうしたの」
「人それぞれだからね、仕方ないんですけど、やっぱりザラとは気が合わないんです」
ザラとは、有無を言わさず6000万円を要求してきたおっさんだ。Rihという地域のために、経済開発をしていきたいと熱心なおっさんだ。
参照
「まぁ、ザラは熱心すぎるからね」
「そうなんですよー、でも、ズーズーさんは一生懸命なので、申し訳ないですが、私ね、難しいですね」
「わかるよ、まぁ大丈夫、僕が」
「でも、何か必要なことがあったら言ってくださいね」
「うん、僕も」
「出来る限りのことはしますからね」
「うん、ありが」
「これからもチン民族のために、どうぞよろしく」
「オッケー、わかっ」
プチっ
ツー、ツー、ツー
僕は久々に黒川にメールした。