ビルマの金明竹
そういえば、先月初旬、生まれて10000日が経過してしまっていた。この身体も、もう10000日も使い古しているのか、と感慨深くさえ思う。ご飯と睡眠だけでずっと動き続けるこのボディ。そろそろメンテナンスとか入れないと、ちょっとずつ不備が生じてくるのだろう。
せっかくの記念の日だからと、何かしようと思っていても、あまり思いつかないものだ。なんとか記念日ってのは実は苦手で、特別なことや変わったことなんてのは、別にわざわざ特別な日にやる必要はないし、思いついた時にいろいろやれば良くない?って思ってしまう。なんでもない日だって、実は特別な日になるんだってという主張をしては、いろいろな女の子に顰蹙をかってはフラれてきた。こういうところが、女心がわかっていない、ってやつなんだろう。フラれる時のセリフ、ベストスリーにあがってくるほど、よく言われる。ちなみに第1位は、服装がダサい、だった。泣いた。
そんな記念日を楽しめない僕の生誕10000日目には、いつもより身体を大事にしようと、ストレスフリーの状態を作ることにした。気の置けない友人や、一緒にいて楽しい後輩と、いつも通りの日々を過ごす。今日くらいはゆっくりしよう、メンテナンスだ。
ザーニーは、ミャンマーでできた一番最初の親友だ。
何かやりたいときは、いつもザーニーと一緒だ。相談をするにも、ザーニーだ。愚痴を言うのもザーニーだし、バカをやるのもザーニーと、だ。結婚式をあげる時には、ちゃんと呼びたい。あ、これってもう、愛ですよね。
「ザーニー、明後日暇してる?」
「うーん、特にやることないな」
「家に遊びに行っていい?」
「いいよ、何する?」
「ヘアマッサージとかボディマッサージとか行きたい!!」
「Yeeeeahhh」
「おごってやるよ」
「hallelujah!!!」
ザーニーの家は、パアンというところにある。カレン州という州の州都で、カレン族が多く住んでいる。人口は45万人程度の規模で、Zwekabinという大きな山が、中央に雄々しく立っている。
このZwekabinは、ズウェガビンと読むが、カレンにとってのランドマークだ。登ることもできて、頂上から見下ろす景色は気持ちがいい。
ミャンマーからタイに行くにはいくつか道があるけれど、ミャワディ国境を通るのであれば、必ず通る街だ。アセアンハイウェイが今後整備され、ASEANの経済主要道路の要所になっていくと予想されている。
ただ、周辺の小さな村へは、まだまだアクセスが悪いこと、政情が不安定だっていうことから、なかなか貧しい地域が多い。ちょっとふらっと行ってみると、普段外国人がこないことからきゃっきゃと子供が珍しそうにやってくる。
パアンには綺麗なところが結構ある。ガイドブックにも乗っていないようなところがあるから、そういうのを探すツアーってのもなかなかオツだ。
「カズ、なんでこの街がパアンっていうか知ってるか?」
「ううん、なんなの?」
「パーは蛙、アンは吐き出すって意味で、蛙を吐き出す、って意味なんだ」
すごいゲロゲロな意味だった。
「昔な、この川に暮らしていた仲良い龍と蛙の神がいたんだ。やがて子供が生まれたが、それぞれ龍の兄と、蛙の妹は、お互いのことを知らぬまま、旅に出されてしまう。そして、月日は経ち、このパアンに戻って再び出会った二人だったが、兄の龍は、妹を食べてしまった。その時、神の力によって、今食べたのが自分の妹だということを悟り、その場で蛙を吐いたんだ」
「だから、この地はパアンと呼ばれるようになったんだ」
その日は、二人でボディマッサージに行った。たぶん、金持ちの奥様が通っているようなちょっと高級なヤツ。あら、奥様相変わらずお肌が綺麗なのね、とか言い合ってはシャンパンを飲んでそうなところ。
出発の矢先、ザーニーに電話で呼び出しがあった。ザーニーは、ヤンゴンから新鮮な魚を仕入れて、パアンのレストランに卸している。パアンのほとんどのレストランの魚は、ザーニーが卸していると言っても過言ではない。参入してくる様々なライバル事業者を押しのけて、誠実に、丁寧に、真面目にやってきた。こうやって、一緒にいても仕事にぱって行っちゃうあたりが、同じような仕事人間だと感じる。こういう人と一緒に仕事をしたい。誠実で、丁寧で、真面目で、たまにちょっとアホな感じが好き。
「お待たせ」
「どうだった?」
「また別のオーダー来たんだよ。ほら、今豚インフル流行ってるだろ。誰も豚とか鳥とか食べないんだよ。魚のオーダーがすごくて、供給がおっついてないんだわ」
「お、チャンスじゃん」
「よっしゃ、海鮮卸店の拡大と、海鮮料理屋開こう」
個人的な印象だけど、こっちの人って、噂を鵜呑みにしやすい。一次情報を調べるとか、因果関係を考えるとか、あんまりしない。豚インフルが流行っているからって、豚肉を食べて感染することはまずない。たぶん、みんなFacebookとかで流れてきた情報を見て、こいつはやべぇとか思ったに違いない。ついでに巻き込まれた鶏肉もかわいそうに思えてくる。たぶん、魚インフルエンザとか言っても、信じるんじゃないだろうか。
「マッサージ、どうする、全身コース?」
「俺も同じヤツで」
「じゃあ僕はヘッドスパとオイル全身やってもらうわ、10000日目記念ってことで、ボディのメンテナンスしないとな、たまのリラックスが必要だわ」
「日本車はメンテがほとんどいらなくていいな。こっちは毎週メンテいかないともたないや」
「誰が日本車だ」
マッサージは全部で90分でやってもらった。やっぱりヘッドスパは癖になる。頭をぐりぐりやってもらうだけで、全部途中でどうでもよくなるくらい脱力できる。全身のオイルマッサージは、裸にされるからなんだか恥ずかしいけれども、やってきたのが蛙顔のおばさんだったので、まるで平常心だった。いつもだったら若い女の子が出てきたりするから、心の中で般若心経をただただ繰り返すだけのリラックスできない時間になる。後半は慣れてくるから、寿限無とか金明竹とか唱えてる。
一通り終わったので、ちょっとお茶を飲んで待っていたら、奥から若い女の子がやってきた。小さな声で、「スペシャルマッサージ?」って聞かれる。海外行っている人はよく知っていると思うけど、こうやって性サービスを提供しているところが結構あったりする。スペシャルマッサージと聞いて、お、なんだちょっと高級なヤツかな?よろしくって言ったら、身体にかけてあったタオルを外して、6000円ね?って言われて、いたく困惑したことがある。
「あ、カズ、どうする?俺は空気を読んで先に帰ってようか?」
「いやいや、やめましょう、今日はそんな気分じゃ」
「いいじゃん、この蛙ちゃん、飲み込んじゃいなよ」
いやいや、買わずに帰るから!
さて、落ち着いたようで。