クルミ割り人間
無知の知と至誠
これまでミャンマー全土を飛び回ってきたけど、まだまだわからないことが多いなぁと感じる。知れば知るほど、知らないことが多いことを知ってしまうのだ。ソクラテスのおっさんは、それを無知の知と呼んだ。
ちょっと齧っただけで全てを知った気になるなよ、知らないことは知らないって言えよ、という教えだと思ってる。
それは、月日にも火水にも土木にも拠らない。どれだけ長いこと関わっていても、どれほど苦労を費やしてきても、どれだけ基礎を学んだとしても、だ。無知の知を心得ておくこと、それが金なのだ、と。
誠実であることが、何よりも大事だ、とも読み取れる。これは、吉田松陰が教えてくれた、「至誠」だ。山口生まれの人間は、皆それを知っている。はずだ。
はずだよね!
「至誠」は、もともとは孟子の教えだ。離婁章句という弟子との対話を書いた書物にある「至誠而不動者、未之有也。不誠未有能動者也」の一部。「至誠にして動かざる者は、未だかつていない。また、誠の心持たずして、人を動かせた者もいない。」
これは、僕のビジネススタイルでもある。ミャンマー語では、Thitsar(ティッサー)という。Thitsarをもって人とぶつかり合うことで、長い付き合いができる。
サミュエルは、そのうちの1人だ。
リス族
さて、ミャンマーには少数民族が135種いるとされている。本当はもっと少ないかもしれないし、もういないかもしれない。いわゆるマイナーなコミュニティに属するものたちがいる。
そのうちの一つに、リス族といわれる人たちがいる。ついつい齧歯類を想像してしまいそうな名前だけど、特に歯に特徴があるわけではない。
リスは、ミャンマーの主にシャン州やカチン州に生息していて、使う言葉はリス語になる。リスには、他のミャンマー人と違って、氏族制度がある。魚くんや、蜂さん、山羊さんなど、他にもいくつかあるようだ。
サミュエルは、蜂という氏があるので、蜂サミュエルというのが本当の名前となる。魚ジョセフとか、山羊ナオミとかがいることになる。
「リスは、日本人とそのルーツが同じなんだ」
サミュエルは教えてくれる。袋から、クルミを取り出して、一つくれる。
牧師さんとして、教会で神に尽くしているサミュエルは、意外と気さくでユニークな男だ。一緒にワインを飲んだりウサギの肉を食べる仲だ。なんとかリスのコミュニティを盛り上げていきたい。田舎からの人材流出を止めたい。サミュエルは熱く語る。
「リス族も、山間地域に住む。だから、やっぱり農業で生きていくことが大事だ」
「そうだな。何か作っているものはあるの?」
「クルミとか、トウモロコシとか、イチゴとかだ」
まるでリスのエサのようなラインナップ。本当はリスなんじゃないのか。齧歯類なんじゃないのか。
「私たちリスと日本人は親戚だ。遠い、遠い親戚なんだ。だから、カズのことは歓迎する」
サミュエルは、器用にドアの蝶番を利用してクルミを割りながら言う。
「ありがとう」
「なので、来月、リス族のクリスマスセレモニーがあるから、カズもぜひ参加してくれ」
「え!?」
「クリスマスセレモニーには、たくさんのリスの仲間が集まるんだ。歓迎する」
サミュエルは、別の袋からクルミを取り出して言う。
お前いつまでクルミ食うてんねん。
セレモニー
ということで、なぜかリスのセレモニーに参加することになった。
リス族の使う言葉は、中国語に近い。リス族は、中国にも生息していることから、おそらくその系譜なんだと思う。
文字は、アルファベットを工夫して、こんな感じに表記する。
「こんにちは」は、「ホアホアー」というらしい。気が抜ける挨拶だ。
関係ないが、ホア、は、ニュージーランドの先住民の言葉で、友達、という意味があるらしい。関係ないが。
去年のクリスマスは、リスのホアたちと過ごした。ついでに、日本からもホアが来たい、と言っていたので、一緒に参加してもらって、お互いにホアホアーした。
「かず、せっかくだから、歌ってくれよ」
サミュエルがアホなことを言い出す。
「いや、ちょっと待ってよ。ミャンマー語の歌なんてロックしか歌えないよ」
「十分だわ」
「いやいや、歌詞とかちゃんと覚えてないし!」
「だったら日本語の歌でいいから。伴奏弾く人もいるからさ」
「いや、そいつ弾けないだろ。ヒューマンカラオケボックスかよ」
お酒に酔っ払ってか、サミュエルはぐいぐい強引に誘ってくる。お前牧師だろ、ワインそんなぐいぐい飲んじゃダメだろ。
しかし、男ズーズー、こんなに歓迎されて断らない訳にもいかない。いい感じに酔っ払っているのはサミュエルだけだが、素面でもアホなことはやれるほど、僕の心はすでに壊れている。
あと、日本から来てくれた女の子の前だし、こんなところでカッコ悪いところは見せられない。
「仕方ないな、歌ってやるか!」
ステージの裏側にゆっくり回って、次のスタンバイをする。伴奏のイケメンに、コード進行を教えるが、得意げに綺麗な首の縦振りが返ってきた。いいか、お前は何もするな。
いざ、僕の番になった。
「こんにちは、日本人のカズです。サミュエルの友達です」
「いぇーい!」
「ふぅー!!」
「いいぞー!!」
「アリガトー!!」
歓迎の声援のなかに、下手くそな日本語が聞こえてきた。サミュエルだな。
「え、では、アカペラで、歌わせていただきます」
「ふぅー!!」
「かっこええー!!」
ちょっと静かになるのを待って、僕は口を開いた。
「ぶぉーくらはー、ずっとぅおー、まってるぅうふぅー」
森山直太朗の「さくら」だ。松田聖子の「赤いスイートピー」と迷ったが、アカペラで歌い切る自信がなかった。
「いぇーい!!」
「いいぞー!!!」
歌ってる途中に騒音が聞こえる。声援が、だんだん騒音になってきた。ちょっと黙ってろよ、歌ってるだろ。
「さぁーくぅーら、さぁーくぅーら、いぃまぁ」
「サクラー!サクラー!!」
僕の真似をしながら、そこら辺をちょこちょこ走り回るリスたち。
「さぁらぁばー、とぉもよー、たびだぁーちのぉ」
「サクラー!サクラー!!」
これでもかとちょこちょこ走り回るリスたち。
「さくぅーら、まーいーちるぅーみぃーちのぉー……
うーえーーでぇーーー」
「サクラー!サクラー!」
「いぇーい、カズー!!」
「歌を聞けーー!!」
僕は、静かにマイクを置き、ステージの裏でクルミを叩き割った。
温泉こわい
日本はずいぶん寒くなってきたという。InstagramとかFacebookに上がってくる友人の写真には、さすがに半袖半パンの男は写っていない。ミニスカの女の人は写っていた。寒くないんだろうか。寒いけど、頑張ってるんだろうか。
小学生の頃、男の子の間で流行った、いつまでも半袖半パンでも大丈夫マン決定戦は、どうして全国でも開催されていたんだろう。あんなの絶対寒いのに、顔にしもやけ作って無邪気に鼻水垂らして「大丈夫だし」とか、今考えると本当バカ。なにそのダシ。
寒いときは、ストーブに限る。コタツはダメだ。あれは、人間をダメにする依存メーカーだ。あれのせいで、大学生の頃の僕の部屋は、たくさんの後輩たちに占領された。そしてその後、もっといいコタツがインストールされた後輩の部屋に、みんなで占領することになった。結果、後輩たちは大学やバイトに行かなくなった。出前とパシリが増えた。僕も1週間、家のすぐ近くのコンビニとすき家以外に出かけなくなった。さすがにヤバかった。
「あ、ちゅーやさん、どこか行くんですか」
大学の頃は、ちゅーやと呼ばれていた。ある詩人の名前から取られたものだけど、あまり知っている人は多くない。
「ん、ちょっとコンビニ行ってくる」
「ちゅーやさん、のどが渇いたなぁ」
「あ、ちゅーやさん、僕も」
「ふざけんなよ、何が飲みたいかちゃんとわかるように言えよ!」
お風呂に入る前に、一度裸にならないといけない時間がすごく嫌いだ。寒いときは、本当に嫌になる。お湯と水を両方出して温度調節しなきゃいけないタイプの風呂だったときの、あの最初に水しか出ない時間がすごく嫌いだ。いつまでもお湯は出ないんじゃないかと不安になる。
やっぱり日本人は温泉が好きだ。温泉とまでは言わないが、お風呂は好きだ。
ミャンマーに来てしまっては、温泉なんて縁のないものだと思いがちだろう。今回は、そんなあなたへ、ミャンマー地方の温泉巡りを紹介したい。
シャン州のラショーという町に、温泉があるというのは有名な話だ。
着いた時には夜になっていたので、写真に写ってる情報が極めて少ないが、なんとか雰囲気で察して欲しい。女の子の気持ち察する力があるんだから、これくらいの雰囲気も察して欲しい。
せっかく来たんだから、入っていこうと思う。
夜なので少し見にくいが、こんな感じになっている。
女性もすぐ横で入浴している。裸になるの恥ずかしいのはわかるけど、キミらそのパンツ今日ずっと履いてたやつだよね。せめて着替えなさいよ。水着的なものを着なさいよ、公共浴場なんだから。
売ってるんだから。
こんな、芋洗い場みたいなところでゆったりするの嫌だなぁ、という人のために、
個室もあるらしい。入り口に座ってニヤニヤしてるおっさんに1000 Kyat払って、怪しげな道を辿っていく。
こ、これは!!
おおお!!
温泉である。ちゃんと湧き出てくる湯水たち。これは最高だ。温度は40度ないくらいか。ちょっと温いと感じるけれども、これは気持ちがいいかも知れない。思わず顔をつけたりする。
ちなみに、僕はカラスの行水と揶揄されるくらい、ゆっくり温泉に浸かったりするのは好きではない。身体を洗ってしまえば終わりだ。なんで綺麗に磨いた皿を、まだ水に浸けておくんだ。しかもその水、芋洗った後に浸けておいた水だろ。さっさと洗って、ちょっとだけ浸かって、雰囲気を楽しんだら、また洗って終了するだけでいい。
というかカラスは水浴びが大好きだ。なんだったら煙だって浴びるし、雪だって浴びる。蟻を浴びたりして体の寄生虫を取るくらい、かなりの綺麗好きだ。(蟻浴という。)
ここまで考えて、冷静に気がついた。あれ、でもちょっと待って、この湯水どこから繋がってるんだっけ。僕は5分もしないうちに身体を拭いて飛び出した。
さっきの芋洗い場じゃねーか!!!
お次は、ネピドーから2時間ほど、シャン州の山の方へ行った田舎にあるTaung Kyaというところにやってきた。
ここは雰囲気がすごくいい。山奥にひっそりと佇む湯気と、鳥たちの静かなさえずりが、リラックス効果を高めてくれそうだ。
これなら、きっとゆっくりできるはずだ。まぁ、ゆっくりすることはないんだけどな。付き合いで肩まで浸かったふりをするけど、本当は腰まで浸かればもう終わっていい。なんで心臓の上まで水に浸からないといけないんだ。
どうして日本人はみんな温泉が好きなんだろうか。ねぇ、教えてSiri。
むむ、なんだあれは!!
尻じゃねぇか!
最後は、カレン州の温泉だ。
モン州のタトンというところから、カレン州のパアンへの道すがら半分のところにある、「Bayin Nyi Cave」という洞窟があるお寺がある。ここは、火山帯であることから天然の温泉が存在し、近所から人が集まってきては体の汚れを落としていく。深さも広さもちょうどよいし、湯加減はややぬるいが、文句はないほどだ。
このお寺には猿が沢山いることでも有名だ。
ほら、こんなところにも。
猿がいるし、こんなところにも。
ああ、違った。おじいさんだった。
要件人間
「4日、朝9時、東京駅で」
「オッケー、わかった!ところで、昨日のサンドウィッチマン見たかよ、めっちゃ面白かったよな!」
「見てない、じゃあ、また明日」
「おやすみ^^」
冗長が嫌な人がいる。いわゆる無駄なく効率的にいきたい、という人だ。あまりに病的に無駄なく生きてる奴もいる。僕はウェイストフォビア(Wastephobia)と呼んでいる。僕の知り合いにも、ウェイストフォビアのなり損ないみたいなのがいる。
「人生は一回しかないんだ。無駄なことは絶対にやらない」
「お前のその努力はすげーよ」
「生きていく中での無駄は全部取り除いて、充実した人生を送りたいんだ!」
人生の無駄を取り除いたら何が残るんだろうか。黒川の人生は、受験に失敗して一浪し、せっかく受かった大学を中退して、もう一度別の大学を受けて卒業する、という、なんとも遠回りなものだ。これを無駄と取るか取らぬかは人それぞれだが。
「とにかく、卒業おめでとう」
「うん。頑張った甲斐があった」
「ところで、仕事はどうするんだ」
「今、自分で仕事を立ち上げてるんだ。IT使ってな。やっぱりこの先、ITが使えないとダメだと思う」
法学部を卒業して、なぜITで食っていくと言っているのか。お前の4年間はなんだったのか。弁護士になるんじゃなかったのか。
「場所や所属は問わず、何を学ぶか、が大事だろ。俺は、法学部だけど、今後のIT社会に準備できていないことに気づいて、憂いているんだ!」
それなら前の大学辞めないべきだったろ。環境を受け入れて精進しろよ。
しかし、黒川の言うことにゃ、一部は賛成だ。無駄を削ぎ落とすことは、ビジネスをする上では欠かせない。複雑な事象を、徹底的に分析してシンプルにすることで、わかりやすく理解させることが重要だ。
世にある自己啓発本には、そういうことがほとんど書いてあるだろう。知った気になって実践していない人が後を絶たないが、まぁそういうことだ。
ただ、日常生活までそのマインドを侵食させてしまうと、だいぶこっちが参っちゃう。やはり何事もほどほどにして欲しいところだ。
僕なんかは無駄だらけなので、黒川から見ればイライラするらしい。喋るのが好きなので、関係のない話とか、途中で冗談を挟んだりすると、舌打ちをして次の一言を言う。
「その話、いつ終わる?」
それから黒川とは連絡が途切れている。
ザガイン管区のカレーという街は、チン州北部への入り口にある。よって、居住者の半分以上はチン族で構成されている。また、インド国境への通路でもあることから、ハブとしての役割を担っている重要な拠点である。
熱帯季節風の強い影響を及ぼすこの地域は、3月から5月には、38度から44度の暑さになる。ただ、この冬の時期には、10度から20度の、過ごしやすい環境になるため、訪れるとするなら、11月から1月をオススメする。
カレーまでは、飛行機で行くのをオススメする。ヤンゴンからだと2時間くらいで行けるからだ。バスだと、24時間の長旅となる。さすがの僕でも、2分は考えるほどの距離だ。
「もしもし、キムさん、無事カレーに着いたよ、ありがとー!」
「いいえ、ズーズーさん、わたしたちのために、いつもありがとうね」
キムさんは、ヤンゴンに住む日本語の堪能なミャンマー人だ。民族はチン族の中のティディム・チン族だ。今は、ヤンゴンにある日本語学校の先生をしてもらっている。
「いや、こちらこそ!ルンダム!」
ルンダムは、ティディム・チン語で、ありがとう、という意味だ。ガンダムの偽物ではないし、そもそもイントネーションはそうじゃない。最後のムは、口を閉じるだけ。「瞬間」と同じイントネーションで。
「ところで、ズーズーさん、私ね、悩み事があるんですよ」
「どうしたの」
「人それぞれだからね、仕方ないんですけど、やっぱりザラとは気が合わないんです」
ザラとは、有無を言わさず6000万円を要求してきたおっさんだ。Rihという地域のために、経済開発をしていきたいと熱心なおっさんだ。
参照
「まぁ、ザラは熱心すぎるからね」
「そうなんですよー、でも、ズーズーさんは一生懸命なので、申し訳ないですが、私ね、難しいですね」
「わかるよ、まぁ大丈夫、僕が」
「でも、何か必要なことがあったら言ってくださいね」
「うん、僕も」
「出来る限りのことはしますからね」
「うん、ありが」
「これからもチン民族のために、どうぞよろしく」
「オッケー、わかっ」
プチっ
ツー、ツー、ツー
僕は久々に黒川にメールした。
そんなもん
ラムサール条約という国際条約がある。
こんな書き出しだと、なんだか知識人のブログみたいだ。このあと、その内容を細かく説明したり、分かりやすい例えを使ってみんなに理解できるような表現を連ねていくのだ。知識人のブログを読み漁ると、だいたいみんなそんな感じで書いてあって、読んでいて知識欲が駆り立てられる。
僕はそこまで上手に書いたり出来ないので、こんな書き出しを今後一切用いることはしない。
用いるって表現も、なんだか知識人みたいだ。普通に「使う」とかでいいのに、あえて「用いる」って使うあたり、頭が良さそうに見える。
話は逸れたけれど、今日はラムサール条約に関する話をしたい。
湿地の保存に関するこの国際条約は、水鳥を食物連鎖の頂点とする湿地の生態系を守るために結ばれた。
湿地をみんなで守ろうぜって取り決めだ。湿地は、よく埋め立てられてしまいがちだ。湿地をイメージしてみてほしい。水だまりがいっぱいあって、なんか蚊とか沸いてくるし、住みたいけどびちょびちょだ。こんなところ、コンクリとかアスファルトで埋め立てて、住宅利用したり別の農業用地に変えてやりたいぜ!って思ってしまう。
でも、こういう湿地は、生き物の重要な環境でもある。水鳥っていうと具体的に何を思い浮かべるだろうか。カモとかカイツブリとかサギとか、なんかそこらへんのイメージがあるんじゃないか。その通りだ。あとチドリとかフラミンゴとか、なんかそういうのとかか。その通りだ。
湿地の埋め立てだと、こういう生物たちの環境を著しく破壊することになってしまうので、おいおい、よくないんじゃないの、ってことで国際条約になった。なんで国際的な取り組みになるかっていうと、湿地って、国をまたいで存在してたりする。A国だけがしっかりやってもB国が全部埋め立てました!なんてやっちゃうと、困るわけだ。
そんなラムサール条約で保護された地域が、ミャンマーにはいくつか存在する。
今回は、モーヨンジー湿地を見ていこう。
ヤンゴンからあっというま、1時間半くらいで着けるとこにある。
朝から車でガンガンと音楽をかけて行けば、ちょうどいいところで終わる距離だ。ちょうどお尻が痛くなる手前くらいの時間だ。
大した趣味ではないが、バードウォッチングが好きだ。こうしたミャンマーにいる鳥はどんな種類なのかを考えると、やっぱりバードレナリンがすごく沸く。
この日は、うちで採用していたドライバーのスティーブと一緒に行った。こないだ地方出張の時に、寝ないで酒を飲みすぎて翌日使いものにならなかったスティーブとだ。叱ったら機嫌を悪くして仕事の途中でどこかに失踪してしまったスティーブとだ。
この時は、まだまともだったような気がする。
「スティーブ、女の子見てないで、車運転するときは前を見て!!」
そういえば前からこんなだった。
さすがラムサール条約で保護されているだけあって、貴著な留鳥や渡り鳥が見られるようだ。ミサゴとかペリカン、カモにトキにサギ。湿地という潤沢な生態環境を垣間見るには十分すぎる場所だ。
「スティーブは鳥すき?」
「うん、タレが好きだよ」
「焼き鳥の話じゃねーよ。だったら塩派だよ僕は」
「スティーブ、そういえば奥さん妊娠したんだって」
「そうだね」
「よかったじゃん、おめでとう!!」
「次は男の子がいいなー、一人目が女の子だったからな」
「なんで」
「ほら、一富士二鷹じゃん」
なんで一富士二鷹三茄子を知っているのかわからないけど、それを言うなら一姫二太郎だ。
スティーブは、北海道大学に留学をすることが決まっていたお坊ちゃんだったが、2週間で日本語の勉強に飽き飽きし、札幌から羽田に飛行機で逃亡し、違法労働を続けていた。6年以上日本にいたこともあって、日本語でのコミュニケーションは困らない。いや、困るわ。表現が独特すぎて、人の言いたいこと汲み取り選手権の県代表の僕でも、何が言いたいのかわからないときがある。
「なあスティーブ、今の農民、なんて言ったんだ」
「ほら、なんかさぁ、たぁのなかでさぁ、しごとをするじゃん」
「え?」
「それでさぁ、やっぱりむかしから、やっぱりたいへんなこといっぱいあって、そんなもん」
よくわからない。
農業が昔から大変らしいんだけど、「そんなもん」で締められてもどんなもんなんだ。そんなもん分かるか。
生態系を守っていくことは難しい。人間の生活それ自体のみを考えると、ありとあらゆる物を消費するだけになってしまう。そこにちょっと自然への配慮が出来れば、人間以外の、例えば鳥さんだったり、虫さんだったりが、なんとなく過ごしやすくなるはずだ。
その結果、僕らの生活が、ちょっと良くなることもあるし、もしかしたら不便なままかもしれない。でもやっぱり、頭を使ってなんとかするのが人間という生物に与えられた力なので、もうちょっと足掻いてみたいものだ。
「わかった?スティーブ?」
「そんなもん」
「聞いてなかったやろ!!」
モーヨンジー湿地のオススメ訪問時期は、ちょうど11月くらいになる。1か月後の、ちょっとした小旅行、いわゆる観光地に行って背中を伸ばすのもいいけど、こうした学びのある場所に足を伸ばしてみるのも、また良かよ。
16歳の無知な男の子の教育係となった
すべて生物は、表現しながら生きている。それが、そのまま繁殖に結びつくからである。クジャクは、大きく両翼を広げ、あざやかな様を表現する。マイコドリは、小刻みに震えながら踊りを披露する。ウグイスも、心地よい歌を奏でる。
16歳というと、ミャンマーでは高校卒業をして、大学に入るような年齢だ。友人の家庭にいろんな複雑なことが起きて、急に親戚の弟ができてしまったようで、その弟という奴を紹介された。年齢は16歳。今年の大学受験は失敗した。
アベルは、話してみると、なんだか残念なやつだということがわかってきた。せっかくのイケメンなのに、なんかすごい残念な感じ。残念なイケメンっているんだな。やっぱりイケメン全てが無条件でモテまくるってわけでもないんだな。
アベルは一応英語もできるので、ビルマ語と英語で会話をしていくわけなんだけど、いまいちミャンマーの地名だったり歴史だったり、間違っていることが多い。あとちょっとゲスだ。まぁでも、自分が16歳の頃ってどうだったかな、って思えば、あんまり悪く言えないような気もする。男はみんなそんなもんだ。
「ずーさん、あのお姉さん、お尻がすごい綺麗ですね」
「何言ってんの」
「あ、ずーさん、写真ばっちり撮りましたよ」
「ジュース飲むか?」
歳の離れた弟ができたんだろうと思いながら、地方出張への同行を許可した。
チン州は、ミャンマーの国の中でも貧困の多い地域で、貧困率は47%にあたる。2人に1人は、1日1ドルの生活という意味だ。ただ、もちろん1ドルの価値は、その国によって違う。日本なら水500mlが1本程度だが、ミャンマーなら水500mlなら5本は買える。
でも、実際に来てみると、やはり不便さ、物足りなさを感じる住民は多く、実際に困っている問題を聞くと、やはり貧困地域だなぁと思うことは多い。
貧困とは、何かが足りない、あるいは、いざという時に頼れる何かがない、という状況のことを言う。アマルティア・センは、これを「エンタイトルメント」と述べた。すなわち、いざという時に、食料を買うお金や、頼れる人、備蓄にアクセスできる力、これらの権利や能力のことである。このエンタイトルメントが著しく少ない、という状態を貧困という。
チン州も、このエンタイトルメントが少ない地域である。ミャンマーの北西に位置するチン州は、山谷が幾重にも連なる地域である。雨が多く、谷を流れる川が地域を分断するため、山の上に集落を作った。だけど、標高が高いことから気温は低く、資源も少ない。
昔はたくさんの緑に覆われていた自然豊かな土地だったようだが、薪用としての伐採が新たな苗の植樹スピードを超えてしまったため、木々が失われていった。さらに、山の上の集落同士を繋いでいく道路の建設とその拡張が、山の自然水脈を壊してしまい、多くの木々が失われることになった。
自然豊かだったチン州は、その緑を失いつつあるばかりか、固有生物や固有植物までも失い、さらには自分たち人間の生活すらもままならない状態になっている。エンタイトルメントが、一つ、また一つと失っているのだ。
「ずーさん、今横切った人!顔にすっげぇ刺青があるんですけど!やばくないすか!めっちゃファンキー!!」
「違うんだよ、あれ、この辺の古い習わしなんだわ」
「習わし?」
「そう、昔な、この辺りはバガン王朝が支配していた地域なんだ。それで、そこから近いこの街では、定期的に若い綺麗な女が、側室として連れていかれていたんだ」
「へー、まぁいいや、あ、ずーさん、あの前の女の子可愛いですよ!」
車の荷台に乗ったアベルが何か騒いでいたが、無視して車を走らせた。
僕らはミンダッていうところにやってきた。ミンダッは、その名の通り、王の軍として、昔は若い兵士が雇用されていたという。バガンから6時間ほど車で北西に進めば到着する。
ミンダッは、山の上の町だからか気温は低く、夜はパーカーなどがないと風邪をひく。
こういう場所に連れていく、と伝えるのをすっかり忘れてしまって、アベルは半袖のままウロウロしていて、悲しそうに震えていた。そんな彼を横目に、僕は自分の仕事をちょちょっとこなした。
そして夜が来た。
もともと電気が少ないのもあり、夜は皆電気を消して真っ暗にする。本当の闇は、東京には訪れることはもうないかもしれないが、チン州の片田舎ではいつも通りの環境だ。真っ暗闇に目が慣れてくると、一つ一つ、満点の星空が見えてくる。
はずだったが、この日は生憎の雨だった。
雨季が終わったらもう一度来ることにしよう。ハックショーイというアベルのくしゃみが、一晩中あたりをこだました。
ビルマの金明竹
そういえば、先月初旬、生まれて10000日が経過してしまっていた。この身体も、もう10000日も使い古しているのか、と感慨深くさえ思う。ご飯と睡眠だけでずっと動き続けるこのボディ。そろそろメンテナンスとか入れないと、ちょっとずつ不備が生じてくるのだろう。
せっかくの記念の日だからと、何かしようと思っていても、あまり思いつかないものだ。なんとか記念日ってのは実は苦手で、特別なことや変わったことなんてのは、別にわざわざ特別な日にやる必要はないし、思いついた時にいろいろやれば良くない?って思ってしまう。なんでもない日だって、実は特別な日になるんだってという主張をしては、いろいろな女の子に顰蹙をかってはフラれてきた。こういうところが、女心がわかっていない、ってやつなんだろう。フラれる時のセリフ、ベストスリーにあがってくるほど、よく言われる。ちなみに第1位は、服装がダサい、だった。泣いた。
そんな記念日を楽しめない僕の生誕10000日目には、いつもより身体を大事にしようと、ストレスフリーの状態を作ることにした。気の置けない友人や、一緒にいて楽しい後輩と、いつも通りの日々を過ごす。今日くらいはゆっくりしよう、メンテナンスだ。
ザーニーは、ミャンマーでできた一番最初の親友だ。
何かやりたいときは、いつもザーニーと一緒だ。相談をするにも、ザーニーだ。愚痴を言うのもザーニーだし、バカをやるのもザーニーと、だ。結婚式をあげる時には、ちゃんと呼びたい。あ、これってもう、愛ですよね。
「ザーニー、明後日暇してる?」
「うーん、特にやることないな」
「家に遊びに行っていい?」
「いいよ、何する?」
「ヘアマッサージとかボディマッサージとか行きたい!!」
「Yeeeeahhh」
「おごってやるよ」
「hallelujah!!!」
ザーニーの家は、パアンというところにある。カレン州という州の州都で、カレン族が多く住んでいる。人口は45万人程度の規模で、Zwekabinという大きな山が、中央に雄々しく立っている。
このZwekabinは、ズウェガビンと読むが、カレンにとってのランドマークだ。登ることもできて、頂上から見下ろす景色は気持ちがいい。
ミャンマーからタイに行くにはいくつか道があるけれど、ミャワディ国境を通るのであれば、必ず通る街だ。アセアンハイウェイが今後整備され、ASEANの経済主要道路の要所になっていくと予想されている。
ただ、周辺の小さな村へは、まだまだアクセスが悪いこと、政情が不安定だっていうことから、なかなか貧しい地域が多い。ちょっとふらっと行ってみると、普段外国人がこないことからきゃっきゃと子供が珍しそうにやってくる。
パアンには綺麗なところが結構ある。ガイドブックにも乗っていないようなところがあるから、そういうのを探すツアーってのもなかなかオツだ。
「カズ、なんでこの街がパアンっていうか知ってるか?」
「ううん、なんなの?」
「パーは蛙、アンは吐き出すって意味で、蛙を吐き出す、って意味なんだ」
すごいゲロゲロな意味だった。
「昔な、この川に暮らしていた仲良い龍と蛙の神がいたんだ。やがて子供が生まれたが、それぞれ龍の兄と、蛙の妹は、お互いのことを知らぬまま、旅に出されてしまう。そして、月日は経ち、このパアンに戻って再び出会った二人だったが、兄の龍は、妹を食べてしまった。その時、神の力によって、今食べたのが自分の妹だということを悟り、その場で蛙を吐いたんだ」
「だから、この地はパアンと呼ばれるようになったんだ」
その日は、二人でボディマッサージに行った。たぶん、金持ちの奥様が通っているようなちょっと高級なヤツ。あら、奥様相変わらずお肌が綺麗なのね、とか言い合ってはシャンパンを飲んでそうなところ。
出発の矢先、ザーニーに電話で呼び出しがあった。ザーニーは、ヤンゴンから新鮮な魚を仕入れて、パアンのレストランに卸している。パアンのほとんどのレストランの魚は、ザーニーが卸していると言っても過言ではない。参入してくる様々なライバル事業者を押しのけて、誠実に、丁寧に、真面目にやってきた。こうやって、一緒にいても仕事にぱって行っちゃうあたりが、同じような仕事人間だと感じる。こういう人と一緒に仕事をしたい。誠実で、丁寧で、真面目で、たまにちょっとアホな感じが好き。
「お待たせ」
「どうだった?」
「また別のオーダー来たんだよ。ほら、今豚インフル流行ってるだろ。誰も豚とか鳥とか食べないんだよ。魚のオーダーがすごくて、供給がおっついてないんだわ」
「お、チャンスじゃん」
「よっしゃ、海鮮卸店の拡大と、海鮮料理屋開こう」
個人的な印象だけど、こっちの人って、噂を鵜呑みにしやすい。一次情報を調べるとか、因果関係を考えるとか、あんまりしない。豚インフルが流行っているからって、豚肉を食べて感染することはまずない。たぶん、みんなFacebookとかで流れてきた情報を見て、こいつはやべぇとか思ったに違いない。ついでに巻き込まれた鶏肉もかわいそうに思えてくる。たぶん、魚インフルエンザとか言っても、信じるんじゃないだろうか。
「マッサージ、どうする、全身コース?」
「俺も同じヤツで」
「じゃあ僕はヘッドスパとオイル全身やってもらうわ、10000日目記念ってことで、ボディのメンテナンスしないとな、たまのリラックスが必要だわ」
「日本車はメンテがほとんどいらなくていいな。こっちは毎週メンテいかないともたないや」
「誰が日本車だ」
マッサージは全部で90分でやってもらった。やっぱりヘッドスパは癖になる。頭をぐりぐりやってもらうだけで、全部途中でどうでもよくなるくらい脱力できる。全身のオイルマッサージは、裸にされるからなんだか恥ずかしいけれども、やってきたのが蛙顔のおばさんだったので、まるで平常心だった。いつもだったら若い女の子が出てきたりするから、心の中で般若心経をただただ繰り返すだけのリラックスできない時間になる。後半は慣れてくるから、寿限無とか金明竹とか唱えてる。
一通り終わったので、ちょっとお茶を飲んで待っていたら、奥から若い女の子がやってきた。小さな声で、「スペシャルマッサージ?」って聞かれる。海外行っている人はよく知っていると思うけど、こうやって性サービスを提供しているところが結構あったりする。スペシャルマッサージと聞いて、お、なんだちょっと高級なヤツかな?よろしくって言ったら、身体にかけてあったタオルを外して、6000円ね?って言われて、いたく困惑したことがある。
「あ、カズ、どうする?俺は空気を読んで先に帰ってようか?」
「いやいや、やめましょう、今日はそんな気分じゃ」
「いいじゃん、この蛙ちゃん、飲み込んじゃいなよ」
いやいや、買わずに帰るから!
さて、落ち着いたようで。
焼きバナナを一つ召し上がれ
お笑いが好きだ。暇があればお笑い番組を見るくらいお笑いが好きだ。
笑うことは、人々の感覚的にも、また科学的にも良いことだとされている。真面目なトーンで、また高圧的な態度で物事を考えたり接したりするんじゃなくて、教養ある者であれば「エウトラペリア」を持つべきだと、古代ギリシア人のアリストテレスは「二コマコス倫理学」の中で言っていた。
エウトラペリアとは聞きなれない言葉だけど、古代ギリシア語で「気分転換」という意味になる。もう少し具体的に言えば、なんか重すぎる雰囲気で物事が進まないときに、気の利いたイケてる一言で場の空気を変え、円滑に物事を進めていく、ようなニュアンスだ。昨今の重たい雰囲気をもつ世界には、このエウトラペリアが必要だと思う。
真面目な中にも、ちょっとした小休止が必要だ。機知に富んだ小休止が。
常に真面目である世界では、ちょっと呼吸が続かない。
ミャンマー人はよく笑う。ちょっと笑いのハードルがかなり低いようにも感じられる。地元の映画を見に行ったとき、ロマンス映画の序盤で爆笑していたのを見て、一緒にシリアスな映画なんて見に行けないなと思った。たぶんこいつら、コメディドラマによくある肩をすかすようなギャグだけで、ご飯何杯もおかわりする。そういえば、コメディ映画も結構多いが、ドリフのようなノリを延々と見させられるのが、今となっては少し辛い。コッテコテのギャグを、ツッコミなしで見るというむず痒さは、蚊に刺されるより痒い。
「あっははは、かず、映画面白かったな!笑ったー!」
「そうだな、一応シリアス系の映画だったんだけどな」
「覚えてる?あのデブの役者が沼にはまるシーン」
「それ回想のシーンやんか、本筋から見てどうでもいいシーンだぞ」
戦後独立したビルマは、社会主義国を経て軍事政権による支配を受けていた。今でこそアウンサンスーチーという女性リーダーのもと民主主義国としての歩みを始めたところだけど、これまでは社会主義のもとでの大貧困、軍事政権下での不自由によって、国民は苦しんできたものだった。その中であっても、人々は、笑いとともに希望を見出し、強く生きてきた。
ザーガナーというお笑い芸人がいる。お笑い芸人は、ミャンマー語ではルーシュインドーと呼ぶが、そのルーシュインドーの中でも秀でた人物は、ザーガナーだろう。政治的なネタで笑いを生むのが彼の特徴だ。
キングコングというコメディアンもいる。日本でいう明石家さんまのようなスター性と喋り芸が特徴的な人だ。
いつか、こういうお笑い芸人の人たちともミャンマー語で絡んで、うまくツッコミを入れることができたらいいなと思っている。2年前くらいにキングコングと会うことがあったが、すごく早口で怒涛の喋りだったから、「あわわわ」くらいしか言えなかった。今でもまだそれに対応できると思っていないから、再開はもう少し後がいい。
ところで、もう一人そこそこ有名なコメディアンがいる。名前は焼きバナナ。ミャンマー語だと「ンガッピョウジョー」と言う。1年前にミャンマーでCMを撮影したときに、出演をお願いしたコメディアンだ。肌の黒さがいい感じに焼きあがったバナナみたいなナリをしている。下ネタが大好きだ。焼きバナナの焼きバナナ。もうこれ以上は言わなくてもお察しいただけると思う。
CMは、仕事のパートナーの細川さんがやっている仕事のプロモーションということで、友人のサイに頼んで手配に臨んだ。撮影場所は、シャン州のTikyit(ティジッ)という村だ。ヤンゴンから車で行くと10時間弱ほどかかる。いつもの長距離移動だ。
Tikyitは、少数民族の一つのパオ族が行政を執り行うエリアだ。鉱山が近くにあるため石炭火力発電所が設置されたが、その工業廃水により、周辺に住む人々への健康被害が生じているだけでなく、飲料用水の欠乏をも引き起こしている。石炭火力発電に、飲料用水が使われているからだ。
のどかな地域で、自然も緑に覆われ、北海道の大自然を思い出させてくれる。こんなところだからこそ、自然と産業と生活のバランスが取れるようにしていきたい。
そんなことを思いながら、CMの撮影に臨んでいた。細川さんも、CMに出演を希望されたので、そのように手配を進めてもらっていた。今回の撮影の監督は、チッコーという。まだ若手の監督だけど、撮影と編集の技術はしっかりしている。ただ、マネジメントの部分がまだ未熟だった。そのあたりは、僕の友人のサイがサポートに回ってくれた。
「なぁ、サイ、今撮影はどれくらい終わったんだ」
「50%ってとこだな。カズたちが今日到着する前に、現場である程度動きを確認して、いくつかパターン撮ったってところだ」
「うちの細川さんってどのタイミングで撮影に入るんだ。事前の動き、共有できてないけど」
「おっけ、チッコーに確認してみよう」
優秀だ。サイは優秀だ。まだ33歳なのに、いろんな事業を回している。ただ、紫外線アレルギーだから、日中はほとんど外を歩かない。出会った当初、「俺はドラキュラなんだ」とか言っていたのは、半分冗談ではなかった。ちなみにニンニクは大好きだ。
「カズ、明日の朝、現場入りだ。寝坊しないようにな!」
次の日、かっこよく決めたンガッピョウジョーと、女優のナンキンゼイヤーとも合流した。日本のテレビにも出たことあるナンキンは、別の友達にお願いして手配してもらっていた。やっぱり美しい。
「やあ、おはよう、ナンキン」
「おはよう、ズーズー、恋人は見つかった?」
「よりどりみどりだよ」
出会うたびにこのやりとりだ。いつまでも独り身だと思うなよ。独り身だけどな。
案の定寝坊したサイを待って、僕らは2時間遅れで撮影現場に入った。30人ほどの撮影班と編集班がすでに撮影を始めていた。すぐさまチッコーを探す。どういう手筈で進行しているかわからない。焼きバナナとナンキンが、キャベツ畑で「ハタケー!」と叫んでいる。一応、商品名だ。
ようやくチッコーを見つけ、事前打ち合わせに入った。ただ、事前にきちんと伝えていたシーンが、削除されていたり、余計なシーンを加えられたりしていた。これには細川さんもちょっと納得がいかない。
「チッコー、こういうふうにしてくれって言ったよな」
現場はだんだんと雰囲気が悪くなる。しかし、適当に作られても、こちら側としても困る。きちんと分かってもらうように説得しないといけない。そのあたりが、仕事の難しさで、どれだけ意図が伝えられるか、が本当に重要になる。何度もすり合わせをして、乖離がないようにしないといけない。普段は適当な僕だけど、こういうときは真剣なトーンで話をする。
「まぁまぁ、それじゃ、このシーンで俺がバナナでも食べようか。焼きバナナがバナナを食べます、なんつって」
ンガッピョウジョーが、くだらないギャグをぶちかましてきた。ただ、それによって場が少し和んだ。
「さすがにバナナの宣伝じゃないからやらないけどね!ま、とにかくそれで宜しく頼むよ、チッコー」
チッコーも納得してくれて、追加シーンの撮影を始めた。なるほど、これがエウトラペリアか。
撮影は順調に行われ、細川さんも5分ほど撮影を行い、OKをもらった。予備のシーンをいろいろと撮って、夕方には全ての撮影が終了した。
「え、終わり?ナンキンゼイヤーとイチャイチャするシーンは取らなくていいの?」
「ないです」