ずうっとずぶとくずうずうしく

いろいろあってミャンマー暮らし

小さなてのひら

サクラが咲き、メジロがさえずり、子供たちが入学式に心を踊らせる4月は、新しい学期の始まりを知らせる。多くの人が「始まり」のイメージを持つこの季節。

 

ミャンマーでも、パダウと呼ばれる黄色の花が咲き、オッオーがさえずり、国民が水かけ祭りに心を踊らせる4月は、新しい年の始まりを知らせる。ニューイヤーの準備に、町中がソワソワし始めている。

 

 

先週から「マンダッ(Mandat)」と呼ばれる台座の建設が道路のそばに作られ始めた。1週間後の水祭りイベントでは、この台座の上からホースで水が放水され、途中でポーズすることなく坊主にも外国人にも水かけフルコースをお見舞いする様子。

 

 

去年は地方のタンダウンジーというところで、ほんとに簡単に日本語の授業をするボランティアを2日間だけどトライした。50人の子供たちと将来の夢の語りあい。これから何ができるか、何がしたいか、何をして生きていたいか。

 

一昨年楽しんだのは、隣の国のタイのソンクラーン。セクシーでキュートなタイ人の若い女の子に目が眩んだが、むさ苦しい男たちに囲まれてしまってビールに飲まれて夜に揉まれて。それはそれで楽しくて、居心地が良くて。

 

その前はヤンゴン、その前もヤンゴンだった。気温は40度近くになり、暑さは尋常ではない。さらに、町の熱い活気はなおも一層相まって、街は賑わい、狂い、走り、踊り、騒ぎ、呻き、笑う。

 

 

毎年この時期はミャンマーにいて(タイにもいたけど)、この水かけ祭りを楽しんでいる。ミャンマーの言葉で、ティンジャン(現地発音はダジャン)と言う。もともとの意味としては、太陽が魚座から牡羊座に移動することを意味しているそうだ。魚座生まれの僕の元にいた太陽が去っていく。ティンジャンの間は、日本の年末年始のように、公共施設や公共機関は休みを取り、新しい季節が来る喜びを皆で感じているのだ。

 

 

 

「かずは、日本に帰らないの?」

ザーニーは、携帯電話をいじりながら呟いた。

 

「うん、こっちにいるよ」

ミャンマーにいたって、何にもすることないでしょ」

「そうだな、ザーニーは?」

「俺は、家族と一緒にゆっくりしてるよ。パアンは暑いし。外に出るのも嫌になるし」

「だよな」

 

部屋のカーテンを開けて、朝日をめいっぱい部屋に取り込む。揚げ物売りのおばちゃんが売り歩いたり、尼さんが托鉢していたり、黒ブチ柄の犬が走り回る姿を、窓から見下ろす。うちの部屋からは、シュエダゴンパゴダを見ることができる。遠くの方で、いつものように金色に輝いている。

 

「ゆっくりこれからのことを考えるよ」

 

僕は、ゆっくりと沸かしていたお湯で作ったコーヒーを静かに飲んだ。

 

 

「そういえば、ソープがヤンゴンにできたらしいな」

 

僕は、壮大にコーヒーを吹き出した。

 

「何いってんの!」

「いやあ、ソープだって。オーナーは誰か知らないけど。中国人かシンガポール人か」

 

せっかくいい雰囲気に浸っていたのに、朝からなにを繰り出してくれているんだ。

 

「なんで知ってんのよ」

「知り合いが言っててさ。暇なら行ってみればいいじゃん」

「いや、いいよ、高いんでしょ」

「2万円とか3万円とか」

「ほら!」

 

健全な人にはわからないかもしれないが、ソープというのは風俗の一種で、本番ありの箱型風俗店だ。本番ありとは言っているけれど、日本では法律上は禁止されているため、暗黙の了解というやつで片付けられている。名目上は、特殊浴場という、いわゆるお風呂屋さん扱いだ。ミャンマーでは、これまでこういったお風呂屋さんというのがなかったため、ソープというものはなかった。

 

 

基本的には、ミャンマーの風俗店は、置屋、マッサージ屋、ナイトクラブ、デリヘルタクシー、KTV(カラオケ)、の5種類の形態を取っている。むかし、コンサルサービスをやっていた際に、ミャンマーの風俗状況を調べて欲しい、という依頼をやったことがあって、やけに詳しくなった。

 

 

ライトなところで言えば、カラオケ、通称KTVだ。日本のキャバクラとかをイメージしてもらえればわかりやすい。入店すれば、ボーイさんが女の子を数人連れてきてくれて、部屋の前に一列に並ばせる。その中から、気に入った女の子がいれば指名して、自分の横に座ってもらうのだ。歌を歌ったり、女の子とイチャイチャしたりする。日本語や英語を話せる女の子は多くないので、ミャンマー語があまり得意でない人には、少し物足りないかもしれない。

 

置屋って、あんまり今は聞かないかもしれないけど、ピンサロの本番あり、みたいなところだ。2畳くらいの狭い部屋の中で、汚い布団やシーツの上で、選んだ女の子と本番をする、だけの部屋。基本的にはマッサージ屋として登録しているけれど、実態とかけ離れすぎているので、摘発の対象になりやすい。なので、対策として、すぐに違う場所を探しては開店している。

 

 

 

マッサージ屋なんかは、一通りマッサージが終わったあとに、笑顔で「スペシャルマッサージ?ハンドジョブ?」とか聞いてくる。全身にオイルを塗り込められるんだけど、チープなマッサージ屋とかに行くと、股間を避けるどころか、しきりに触ってくる。

 

夜遅くに、ゲストをホテルにお連れしたあとに、その辺でタクシーを拾ったりすると遭遇するのが、このデリヘルタクシーだ。「HEY!LADY?」と話しかけられるので、すぐにわかる。最近はだいぶ減ったけど、この間まだダウンタウンの近くで遭遇した。運転手のにいちゃんが、女の子たちのブローカーみたいなことをやっていて、電話一本入れれば、好みの女の子を3人くらい連れて来てくれる、というやつだ。

 

そして皆が大好き、ナイトクラブ。重低音とピコピコ音楽、交差するカラーライトに、きついタバコの臭い。お店に入ると、女の子たちがわらわらと寄ってくる。中央でダンスを踊る女の子たちと、テーブル近くに寄ってくる女の子たち。日本語や英語や中国語の簡単な挨拶を使いこなす女の子たちがたくさんいる。気に入った子がいれば、その子をホテルまでお持ち帰りする、というのがここのスタイルだ。

 

 

「はい、お兄さん、どこから来たの?」

「日本から」

「え!?ミャンマー人じゃないの!?」

 

といういつもの件りをやったあとに、女の子たちと会話を楽しむ。ミャンマー語ができる、というだけで安心してくれるのか、すごくペラペラと喋るから、いろいろな情報が聞けて楽しい。

大音量で流れるクラブミュージックに遮られてなかなか聞き取れないのだが、その分距離が縮まっていい。

 

「なにをしてるの?」

ミャンマーの、いろんな問題を調査する仕事をやっているんだ」

「問題って?」

「社会問題ってわかる?目に見えないけど、確かに社会にある、解決しなきゃいけない問題のこと」

「わかんない」

「ゴミ問題とか、目に見えるでしょ」

「見える!ちょー汚いよね!臭いし!」

「そう、目に見える問題ってわかりやすいんだけどさ、教育の問題とかって、ややこしいでしょ」

「わかんない」

 

こんな感じで女の子と話している。実際はもっとたどたどしいけど、こうやって女の子たちとコミュニケーションを重ねて、何度も会って、いろんな情報を聞いてきた。

 

田舎から出てきて、お金を稼ぐ手段を知らなくて、いろんな噂を聞いて、こうしてクラブにやってきて。それで体を売って、お金を稼いで、両親に仕送りして、また繰り返して。簡単に稼ぐことができるから、それに依存していく。他の地味な仕事を一生懸命やっても、一晩で簡単に稼げてしまう。ただ、それも30代になると、きつくなる。体力は続かないし、自分の体型や見た目が変わりやすくなってしまう。自分を綺麗に維持し続けないと、指名してくれる人もいなくなる。それで、コンドームもつけずにサービスをしてあげて高いお金をもらおうとする。そして、それが原因で性病になる。HIVに感染する。仕事ができなくなる。

 

別にヤンゴンだけで起きていることではない。ミャンマーの田舎でもこういうことが起こっているし、他の国でも起こっている。

 

この売春ビジネスを完全に否定をするわけではないし、たぶん無くなることはないと思っているけれども、アンハッピーなことがないようにはしたいと思う。

 

 

 

地方の置屋みたいなところに案内してもらったこともあった。

バガンという、ミャンマーの観光名所の一つの古都から車で30分ほど行ったところにある小さな街では、観光客としてやってきたミャンマー人や外国人を対象にした青空置屋がある。

 

「ここがそうらしい」

「うわ、こんなところがあるのか」

メインの通りからは見えない場所に、古い小屋があった。不衛生の塊とも言っていいような環境で、そこで呼吸をすることすらも辛かった。

 

「おい、これ、外じゃないか?」

 

パーティションで区切られてはいたが、紛れもない外だった。青空置屋だった。

そこには、見た目があまりに幼すぎる女の子がいた。その子を指名して、少し話をした。

 

「こんにちは、今日は別に何もしなくていいから大丈夫よ、あ、お金は払うから」

「?」

「あ、日本人です」

「!?」

「初めてで戸惑っていると思うけど、ちょっとお喋りがしたくて。ほら、ミャンマー語!」

「すごい!どこで勉強したの?」

「居酒屋だよ、居酒屋。毎日通っていたらいろいろ覚えてさ」

「すごいね!ミャンマーは長いの?」

「今4年くらいかな」

「そんなにいるんだ!へぇー!すごい!」

 

最初は暗いかな、って思っていたけど、話したら明るい子だった。夕日が沈んだ頃だったので、あまり顔はよく見えないが、可愛らしい感じだった。みんながバガンの沈む夕日を見て感慨に耽る中、僕は置屋で女の子と喋るのだった。

 

「名前はなんていうの?」

「わたし、チョーチョー」

「チョーチョーか、かわいい名前!何歳になるの?」

「うん、18歳!」

 

いや、そんな見た目はしていない。それにしては幼すぎるじゃないか。

 

「本当は?」

「ん?18歳!」

「いや、違うんじゃない?」

「うん、言わないでよ、15歳」

 

それはダメだろ!!

 

「え、それはダメなんじゃないの?」

「うん、ダメ。友達にもいる。14歳とか」

 

それはダメだろ!!!

 

事情を聞いてみると、村が貧乏で仕事がなく、また少し足が悪いことから、家の手伝いもできず。こうして体を売ることを、家族から言われて働かされているそうだ。そんな悲しいことがありますか。こうやって体を売れば、日本円でいうと月々1万円くらい稼げるそうだ。少なすぎじゃないですか。その小さなてのひらで掴んできたものは、あまりに汚く、あまりに空しい。

 

こういう田舎から、ヤンゴンにやってきて体を売っている女の子も結構いるそうだ。住むところがないから、何人かでシェアルームをして、夜はみんなでクラブで男を待つ。稼げる女の子が、たまに稼げない女の子にお金を貸してあげたりもしている。病気になったりもして、病院に通う子もいる。

 

何ができるわけではないけど、こんなことをしなくても、ちゃんと稼げて、楽しく生きていけるような仕事を作っていけたらいいな。