マブヤーマブヤー
「ねぇねぇ、かずさん、かずさんってば」
「ん、なに?」
「もう、ぜんぜん話聞いてないじゃん」
「いやいや、聞いてるよ。もり蕎麦とかけ蕎麦がどちらが美味しいか、でしょ」
「いや、そんなことどうだっていいよ。もう、マブイが飛んでるじゃん」
「マブイ?」
「マブイだって。ほら、そんなんだと大変だよ、マブヤーマブヤーウーティクーヨ」
「??」
「はい、やって!」
「いや、意味がわからない。なに、呪いかけたの?」
「違う!逆!」
「ちょっと落ち着いてくれ。僕は成仏できていない霊じゃない」
「除霊でもない!」
「なんなんだよ、僕は今忙しいの。来週の出張予定作んなきゃいけないんだから」
「さっきまで空中見てボーッとしてただけじゃないですか」
「いいか、僕は、好きなときに仕事して、好きなときに休みたいの。今は、無性に仕事がしたくなっ」
「あーあー、もういい!」
「で、マブヤーってなに?」
「ホントに知らない?沖縄では、魂のことを、マブイっていうの。びっくりしたとき、心臓が止まるかと思った!って言うでしょ。沖縄では、魂がとんでっちゃった、っていうの」
「へぇ。別にびっくりはしてないけどね」
「うん、ただ、魂抜けたようにボーッとしてたから。マブイがどっかとんでっちゃってたんですよ。それを、戻ってこーいってやってたの」
「なるほどね」
「マブイがないと元気が出ないし、悪いこと起こるから、すぐに体に戻さなきゃなんですよ」
「それで、さっき呪文を唱えてくれたんだな」
「呪文じゃない!」
「それにしても、沖縄おもしれーな、そんなのあるんだな」
「うん、城間んとこも、車とぶつかりそうになって家に帰ったときに、お母さんがわざわざその現場まで連れて行ってくれてマブヤーグミやったもん」
「わざわざ戻ったんか」
「そう、だから、かずさんも、はい、やって」
「マブヤーマブヤー」
「へぃ、かず。なにやってんの?」
「おお、ザーニー。いや、これな、魂を取り戻してるんよ」
「どういうこと?」
「ぼくも知らんのよ。なんか、沖縄の文化の一環なんだけどな、びっくりしたりすると魂がどっか行っちゃうんだと」
「なににびっくりしたんだ」
「いや、何にもびっくりしてないんだけど、ぼーっとしてたからさ。みきが、魂どっか行ってたよ、って言うから、呼び戻してたんよ」
「へぇ、沖縄の文化ねぇ。ちなみに、ミャンマーの文化か、カレン族の文化か知らないけど、うちのばあちゃんもそういうことやってたよ」
「え?」
「ちょっと違うけど、こんな感じ。
プルルルル!!」
「!?」
「なにそれ、電話のモノマネ?」
「ホントなんだって、こうやってやんの、うちのおばあちゃん」
「いや、そんな甲高いでプルルルル、なんてやるやつヤバいだろ。通話でもしてんのかよ」
「そうかも」
「そうなのかよ」
「魂にダイヤルアップしてるのかも」
「いや、そんなプロバイダないだろ」
「えー、めっちゃ面白い!カレン族も魂呼び寄せるんだ!」
「いや、わかんない。カレン族だけじゃないかも。ミャンマーの文化かも。でも、もう若い人はやらないけどね」
「それは、沖縄も同じだなぁ。若い人はそういうのやらないけど、そういうの大事にしている人はまだいるよ」
「いいねぇ。ぼくも沖縄行きたいなぁ」
「えー!ザーニー、来てよ!城間が暇なうちに!」
「もちろん!」
「プルルルル!」
「!?」
「なに、かずさん、なに!?」
「いや、急にこんなんやられたらびっくりするよな」
「おう」
「うん、城間もびっくりした」
「その度に周りの人たちのマブイを落としていくスタイルなんだなぁと」
「確かに…」
「カレンのスタイルの方は、まさに呪いだったというわけだな」
「いや、かずさんのさじ加減じゃん」
「あはは」
「ところで、かず、さっきクライアントから連絡返ってきたよ」
「なんだって」
「やっぱ今回の話は、なしだって」
「……!」
「プルルルル!!!」